Lire en FETE - フランス語の本の読書ガイド

フランスの現代作家の小説、BD(フランス漫画)を中心に、私が読んだフランス語の本を紹介

イラク人の若者が自爆テロになって行く過程を綴った問題作

Coup de coeur

bagdad
   「Les Sirènes de Bagdad」
 著者 : Yasmina Khadra
出版社 : Julliard
ISBN-10 : 2260017126
ISBN-13 : 978-2260017127
表装 : ソフトカバー(13x 3x21) 337頁
 


全体評価  : (5/5)
フランス語難易度 : (3/5)
読みごこち : (4/5)


上記評価は、個人的な物なので、あくまでも目安としてご参考下さい
* この表の見方はこちら



この小説の主人公は、イラクの砂漠に囲まれたKafr Karam という、小さな村に生まれたべドゥウィン系の21歳のイラク人。

彼は、バグダッドの大学で文学を専攻していたが、大学の建物がアメリカ軍の空襲を受け、学業を継続することが困難になったため帰郷した。 彼は、井戸掘りを生業をしていたが、作業中に片手を失ってしまった身障者の父親と、それぞれ別の理由から、実家で暮らしている3人の姉と、母親に囲まれて暮らしていた。

又、彼には、父親の反対を押し切って大学に進み、現在バグダッドの病院に勤務している姉がいた。

イラクの他の土地で起こっている激しい戦闘とはまったく無縁の、なんにもないけれど、平和で、のんびりした村で、主人公は、毎日、だべったり、カードゲームをしたりして毎日を過ごしている村人たちに囲まれながら手持ち無沙汰な毎日を送っていた。

ところが、彼らの説明に聞く耳を持たぬアメリカ兵により、主人公の目の前で、知恵遅れの村人が、背中から射殺されるという事件が起こる。

そして数日後には、婚礼の式典の真っ最中に、アメリカ軍の戦闘機により攻撃を受け、参席者が惨殺されるという事件が起り、村人の間に、反米感情が高まり、アメリカ軍兵士を狙ったテロが村の周辺で起こるようになる。

そして、ある夜、主人公の人生感を180度転換させる出来事が起こる。


タリバン支配下のアフガニスタンを書いた「Les hirondelles de Kaboul 」、そしてパレスチナ問題をテーマにした 「L'attentat」の次に、アルジェリア出身のカドラ氏が小説の舞台として選んだのは、アメリカ軍の襲撃後のイラク

子供の頃から、争いを好まず、いじめられても、我慢するだけの、温和で、暴力を忌み嫌う主人公が、アメリカ兵士の心無い行いのため、自分の父親が受けた恥辱により、人生のレールを踏み外し、テロリズムに足を踏み入れてゆく様子が語られています。

この小説を通して著者は、

主人公が辿った軌跡をリアルに語りながら、若いイラク人が、自ら、カミカゼと呼ばれている自爆テロに志願しなければならない状況に追い込まれてゆくメカニズム、

アメリカ兵から、多大な精神的打撃を受けた主人公に救いの手を伸べる事が出来たのが、無差別テロに手を染めているイスラム原理主義者だけだったという悲しい事実、

そして、殺すことに慣れてしまったテロリストたちのおぞましい内情、

又、目の前手繰り広げられる殺戮に慣れる事が出来ず、精神の均衡を失ってしまったテロ志願の若者達の姿

などを、細密でセンシビリティーに溢れてた心理描写と、説得力のある表現を用いて読者に語りかけて行きます。

又、作品中、ヨーロッパでマスコミにしょっちゅう顔を出し、欧米寄りの進歩的な考え方をしていたアラブ系の学者が、『世の中が変化しつつあるという事実から目を背け、帝国主義者の夢にいまだにすがっている、正気とは思えない』欧米人の態度に失望し、イスラム原理主義者達を支持するような立場を取る様になったエピソードなども語られます。

作品を読み進めてゆくにつれ、現在イラクが陥ってしまった泥沼のような状態の原因が、アメリカ人兵士の、イラク人を自分達と同じ人間として認めていないとしか思われない行為にある事が明らかになってゆきます。

私は、この作品を読んで、

世界平和のためには、欧米諸国が現在の驕った態度を改め、中近東の国々の人々の文化と慣習を理解し、彼らを尊重する事が不可欠。

又、アラブ文化と欧米の文化の両方に精通している知識者は、この二つの異文化の相互理解を助けるための架け橋となるべきであり、マスコミは、視聴率かせぎのために、自国民のご機嫌取りのルポばかり流すのではなく、相互理解を深める事を目的として、報道することが必要

だと、実感しました。

欧米諸国よりの考え方をしている私の目を開かせてくれた、かなり迫力に満ちた作品なのですが、テロ志願のイラク人の心の中の心のうちを描くことのみに徹しており、いつ、殺されるかわからない、緊張の中で、従軍しなければならない、アメリカ兵が感じるストレスや、彼らの内面に関する記述が皆無であった事が、私にとっては大変残念に感じられました。

しかしながら、イラク人の目から見た、現在のイラクの姿を克明に伝えている力作であり、現在のイラクの状況を理解するための手助けとなる貴重な作品だと思います。


この作品は、フランスの書評雑誌『Lire』のウェヴサイト『Lire.fr』」 で、
2006年の優秀作20冊(Les 20 meilleurs livres de l'année 2006)の第3位に選ばれています。

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