国境なき医師団のアフガニスタンでの活動を描いた感動の写真漫画
2006-10-19


「Le photographe, Tome 2」
ストーリー : Lefèvre
作画 : Guibert
編集 : Lemercier
出版社 : Dupuis
ISBN-10 : 2800135409
ISBN-13 : 978-2800135403
表装 : ハードカバー(24x1x32) 80頁
全体評価 :(5/5)
ストーリー :(5/5)
作画 :(4/5)
フランス語難易度 :(2/5)
読みごこち :(3/5)
* 上記評価は、個人的な物なので、あくまでも目安としてご参考下さい
* この表の見方はこちら
1ヶ月余りのつらい行路を経て、MSFのスタッフ達は、やっとの事で、目的の診療所のある村Zaragandara に辿り着く。
だが、『診療所』とは、名ばかりの、掘っ立て小屋を見て、Lefèvre氏は、驚愕する。
診療所が開かれたと知ると、村人達は、診察へ、詰め掛けはじめる。
「Le phtographe」の第2巻では、Lefèvre氏が、MSFの医師と共に、診療所で過ごした1ヶ月余りの様子が語られます。
淡々としており、チョット物足りなく感じた第1巻とは、がらりと変わった、とにかく、ものすごい迫力の本でした。
山道を歩いている際に、足を滑らし、転んだ時にライフルで片目を傷つけた兵士、
パン用の炉で、足をヤケドした少年、
砲弾により、あごがぐちゃぐちゃになった少年・・・
読んでゆくうちに、胸が痛くなるような怪我人達が次々と現れます。
診療所が閉まっていたら、この人たちはどうしていたの?
怪我人とその治療の様子を語りながら、アフガニスタンの村人たちの素顔が生き生きと語られます。
又、作中、レントゲン写真を見ているアフガニスタン人を見て、「このレントゲン写真はどこから出てきたの?」と、
Lefèvre氏が不審に思う場面が出てきます。
Lefèvre氏の質問に対して、医師のRobertは、こう答えます。
「Quand on voit rappliquer quelqu'un qui a besoin d'une radio ou d'un soin qu'on ne peut pas lui faire, on l'envoie à l'hôpitalde FEYZARD, sur un âne, accompagné par un pépé. Moi je ponds une lettre en anglais pour le médecin Russe " Mes collègue, je vous adresse ce patient , etc...
A FEYZARD, ils font la radio et le pépé me la rapporte, souvent avec une lettre de réponse du confrère...」
「ここで出来ない治療や、レントゲンが必要な患者が駆けつけて着た時には、患者をロバに乗せ、年寄りに、FEYZARDにあるソ連軍の病院へ連れて行ってもらうんだ。俺は、英語で、ロシア人の医師に向け「こんにちは、同業者、この患者をお願いします・・・」というような手紙を書く。
FEYZARDでレントゲンを撮影したら、年寄りがそれを持って帰ってくる。たいがいの場合、同業者の手紙が付いているよ・・・」
「C'est pas des coups à se faire repérer ?」
それって、居場所を相手に知らせる事にならないの?
「Inch allah!
Jusqu'ici, on n'a jamais en de problème.」
それは、アラーの御心次第。
今まで、問題になった事はないね。
そんな、現地にいる物しか知りえない、ソビエト軍の軍医と、MSFの不思議で心温まる関係を象徴するようなエピソードも出てきます。
Moi, j'aime beaucoup le progrès. Les scanners, les examens complémentaires, heureusement qu'on les. Mais quand on ne les a pas, faut faire sans. Et là, tu réapprends à être attentif, à écouter un corps, à interpréter une sueur froide ou un ongle qui vire au bleu. Tu réapprends l'essence du métier.
俺は、(医学の)進歩は、とても素晴らしいものだと思う。幸せな事に、スキャナー、補助検査などを使う事が出来る。だけど、それらがないなら、ないでやらなきゃならない。その時、注意深くなり、身体を聞く耳を養う事を、冷や汗や、青く色が変わる爪が何が原因なのか判断する事を覚えるようになるんだ。医者としての基本を再度学ぶ事になるんだよ。
と、言いながら、おせいじにも十分とは言えない設備の元、自分の持つあらゆるテクニックを疾駆して、怪我人を救おうとする医師の姿は、感動的です。
診療所について、1ヶ月後、医者のRobert と、看護婦のSylvieの二人を残しMSFのスタッフは、Zaragandara を引き上げる事になります。
「たった二人で、一冬をここで過ごすのってどんなもの?」
という、Lefèvre氏の質問に対して、Robertは、
...mais quand vous aurez tournéles talons et qu'on restera tout seuls; complètement paumés, j'ai l'impression que c'est vraiment là que les choses vont commencer.
「・・・だけど、みんなが行ってしまってから、一人っきりになった時に、本番がはじまるんだと思う」
と答えます。
「J'ai déjà fait un hivernage à la mission précédente, avec Sylvie.
Même conditions. Sauf que voyage d'aller avait été bien pire que cette fois-ci.
D'abord, deux mois de prison au fort de PESHAWAR parce qu'on s'était fait poirer à la frontière. 」
「Ensuite, trois mois de voyage, retenus quinze jours par un commandant.
Rackettés tout au long du chemin, abandonnés par notre escorte à deux cols de l'arrivée...」
「前の任務で、シルヴィーと、一冬過ごしたんだよ。
今回と同じ条件だったけど、行きの行程は、今回よりひどかったね。
まず、国境で、はめられて、PESHAWARの要塞の刑務所で2ヶ月。」
「それから、3ヶ月の行路、2週間、指揮官により足止めをくらった。」
「そして、道すがら、ゆすり、たかりに逢い、あと2つコル(峠)を越えれば目的地に着くというところで道先案内人に遁ずらされた。」
「Cet hiver-là , j'ai fait un démarrage d'appendicite. j'étais à deux doight de me livrer aux Russes. Je n'ai pas pris de calmants pour pouvoir évaluer ma douleur et je me suis farci d'antibiotiques. Et c'est passé.」
「その冬、盲腸になりかけた。もう少しで、ソビエト軍のところへ行く寸前のところだった。
痛みで、病状を判断するため、痛め止めは飲まなかった。抗生物質をたんまり飲んで、乗り切った。」(後略)
そして、「(そんな思いをしたのに)、どうして、又、戻ってきたの?」という質問に対して、Robertは、
「それは、彼らの『Générosité』(私欲がなく、おおらかな心)だ」と、断言し、次のエピソードを語ります。
Tous les jours; ils nous portaient le pain. Plus on avançait, plus ce pain devenait dégueulasse.
A la fin, il avait plus de terre que de pain.
Un jour, nous maladroits, on dit au boulanger qu'on n'en veut plus , qu'on va le jeter.
Et lui, un peu penard, nous demande de ne pas le jeter, de le lui rendre.
L'après-midi, on a appris que depuis un mois, personne alentour ne mangeaitent plus de pain. Toutes les familles avaient raclé leur fond huche pour Sylvie et moi, on continure d'en avoir.
Alors forcément; quand tu as vécu çà une fois, Tu reviens et tu recommences.
毎日、パンを持ってきてくれた。日が経つにつれ、パンはどんどんまずくなった。しまいには、パンより土の方が多くなっていた。
ある日、無調法な俺らはパン屋に、もう、いらない、パンは捨てる。と言ったんだ。
そしたら、全然気にしないでパン屋は、捨てるなら返してくれと言った。
その日の午後、1ヶ月前から、周辺に住む人たちは、パンを食べていなかった事を知った。
俺とシルヴィーのために、村の全ての家の長びつの底をに残っている麦をさらい、掻き出してくれていたんだ。
こんな体験を一度でもしたら、又、戻って着て、もう一度やるって気になるよね。
こんな、治療に関わる人たちの感動的なエピソードと並べて語られている、又、アフガニスタンでのMSFの活動のコーディネートをしている、アフガニスタンに精通し、言葉も流暢に操ることの出来るJulietteの話は、一夜漬けで、アフガニスタンの勉強をして、現地に飛び、知ったかぶりをして報道している大手プレスの特派員の記事では、おめにかかれないような、深く考えさせられる内容でした。
「ソビエト軍占領下のアフガニスタンの話を今になって読む意味があるのかしら?」
と、この作品を手に取る前に抱いた疑問は、跡形もなく消え去ってしまいました。
この「Le photographe」の第2巻目は、2005 年のPrix de France Info(ニュース専門のラジオ局フランス・アンフォのジゃーナリストのより選ばれた作品に授与される賞) を受賞した、漫画という枠を超えた、とてもレベルの高い作品です。
しかし、政治的なテーマを扱っていて、娯楽性の低いと判断されがちな、この手の漫画は、多分日本の出版社には、「売れ筋でない」と一蹴されてしまうタイプの作品だと思います。
フランス語を学んでよかった、と、つくづく思いました。
でも、だれか日本語に訳して出版してくれないかなぁ。
関連記事
copyright © Lire en FETE - フランス語の本の読書ガイド all rights reserved.





